東灘区・灘区

(6月12日 生活文化センター)

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「コープくらしの助け合いの会」が主催した学習会の1回目。

「認知症予防ネット神戸」の伊藤米美さんを講師に迎え、

認知症の具体的な症状や治療法、予防法などについてのお話を聞きました。

 

予防は、まず脳を健康で元気な状態にすること。

散歩や水泳などの運動、緑黄色野菜・青魚・オリーブオイル・赤ワインなどの地中海食、短い昼寝や仲間と楽しいおしゃべりなどのストレス解消が大事なんだとか。

また、生活習慣病そのものが認知症のリスクを高めるので、生活習慣病の予防も大切です。

 

お話の後は、認知症を予防する簡単なゲーム。

1~10までの数字が書いてあるマットの上を歩きます。

最初は普通に歩くだけ。

次は、2と5と8のマットを踏まないで歩きます。ここまでは皆さん、余裕の表情。

その次は、マットを踏まないと同時に手を叩きます。一度に2つのことをしなければいけないとなると、たちまち混乱する人も。簡単そうに見えて、なかなか難しそうでした。

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最後に興味深い話を伺いました。

修道女のシスター・メアリーは101歳で亡くなりました。死の直前まで正常な状態でしたが、解剖してみると脳は明らかにアルツハイマー病に侵されていたことがわかりました。彼女は若いころから脳機能を高める活動(19~85歳まで教師、その後は福祉活動)をしていたため、認知症の発現を防ぐことができたそうです。

 

合言葉は「シスター・メアリーをめざそう!」。

私も今から、運動、地中海食を中心とした食事、ストレス解消のための趣味の活動を心がけていきたいと思いました。

(第3地区ライター 石川京子)

投稿者:kouhou

東灘区・灘区中央区・兵庫区・長田区・須磨区

第3地区・平和企画委員会は、地域の戦跡マップづくりをすすめています。

今回、須磨区のメンバーを語り部としたウォークに17人が参加。
神戸市営地下鉄・妙法寺駅からスタートして、須磨区に残る戦跡を回りました。

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まず、毘沙門山妙法寺へ。

寺の裏にある戦没者墓地には、ビルマやルソン島で亡くなった方のお墓が16基。戦没者の墓は細長く、上部がとがっているそうです。
山門前の山の斜面には防空壕が残っていました。かなり高い場所にあり、「どうやって避難したんだろうね」という声も聞かれました。
昭和20年の神戸大空襲では、このあたりも爆撃されたそうです。当時、海軍病院があったため、海軍の軍事施設があると思われたのではないかということでした。

 

次は、那須与一の墓へ。

弓の名手として知られる那須与一は、壇ノ浦で平家を打ち破った戦勝のお礼参りにこの地を訪れ、ここで亡くなったと伝えられています。本堂横の墓地にも戦没者の墓がありました。
那須与一が戦勝祈願した北向八幡神社を回って萩の寺へ。大正時代、住職が境内に10数種の萩を植え、「萩の寺」と呼ばれるようになりました。ここの墓地にも戦没者の墓がありました。

 

最後は、禅昌寺へ。

本堂にぶら下がるひょうたんは「すずめのお宿」と呼ばれています。

ここの釣鐘は昭和13年の「金属供出」で回収されましたが、戦後、作り直されました。

 

 

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今回のコースは私の地元。民家の裏や萩の寺への道にも防空壕の跡があり、

こんな身近な場所に戦争の爪痕が残っているとは驚きでした。


(組合員ライター 石川京子)


投稿者:kouhou

東灘区・灘区

7月12日、子どもたちに平和の大切さを伝えようと第3地区の平和企画委員会が主催した「平和を願うつどい」の取材に行ってきました。

 

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つどいは、神戸大学附属中等教育学校住吉校舎コーラス部の歌からスタート。
澄み切った歌声に、参加者は熱心に聴き入っていました。

全員で「コープこうべ平和へのちかい」を唱和した後は、「虹っ子スタディツアーin沖縄」の報告。
小学6年生の本木春佳さんは、
「自分と同じ年代の人がこんな悲惨な体験をしていたことを初めて知りました。これから、一日一日を大切に生きていこうと思います」と、
中学3年生の竹内江梨さんは、
「バスガイドさんの

“私たちは過去に対する責任はないけれど、未来に対する責任はある”

という言葉がとても心に残っています。過去の戦争の過ちを未来で繰り返すことがないよう、平和の尊さを訴え、発信し続けていかなければなりません」と話しました。

 

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また、詩人のたかとう匡子(まさこ)さんが基調講演を行いました。
たかとうさんは、昭和20年の姫路空襲で、3歳だった妹のヨシコさんを亡くしました。アメやおせんべい、白いご飯も食べたことがなく、学校にも行けなかったヨシコさんの無念を自分が語るしかないと、詩集『ヨシコが燃えた』を出版。


「戦争の原体験者は、近い将来いなくなります。

この悲惨な出来事を次世代へ伝えていくために、“これは自分の問題だ”と行動できる追体験者がもっと増えていったら

うれしいなと思います。戦争で何万人が死んだという言い方をよくしますが、一人ひとりの命の重さは同じ。一人ひとりの死の重み、悲しみに思いを馳せることが大事なんです」と、語りました。

 

『ヨシコが燃えた』の朗読を聞きながら、今から約70年前に神戸や姫路でこんな悲惨な出来事があったのかと思うと、胸が痛みました。
私は戦争を知らない世代ですが、この出来事を原体験者からいかに次世代へ語り継いでいくかが、私たちに与えられた使命なのではないかと感じました。

(第3地区ライター 石川 京子)

投稿者:kouhou

東灘区・灘区

 ボランティアサークルの集いが生活文化センターで開かれ、 350人が参加。腹話術やハンドベル演奏、お話の朗読など、サークルのみなさんが被災地にエールを送るプログラムを披露したり、「震災支援を考える会」による喫茶や、コープサークルのチャリティーバザーが行われました。
午後からは、今までの被災地支援の様子を映像で振り返り、みやぎ生協仙塩ボランティアセンターから高橋朋子理事、三浦久惠理事、事務局職員・須藤敏子さんを招いて、被災地の現状やボランティアの取り組みについてのお話を聞きました。宮城県では、災害公営住宅の建設が大幅に遅れ、医療費の減免が中止されるなど、復興にはほど遠い現状で、被災者に疲れが出てきていること、ボランティアが運営する「ふれあい喫茶」が大切な交流の場になっていることなどが報告されました。

koryuukai1.jpg  交流タイムでは、「これからどんな交流をしていけばいいですか?」という組合員さんからの質問に、「震災の先輩として、皆さんには学ぶことがとても多い。“いつも忘れないでいるよ”という気持ちを発信してもらえると、私たちもがんばっていけます。これからも長~いおつきあいをお願いします」と話していました。

kouryuukai2.jpg(ライター・石川)

 

 

投稿者:kouhou

東灘区・灘区

「いらっしゃいませ~」「紙芝居が始まるよ~」「五目並べ、やりませんか~」。生活文化センターのロビーに入ると、子どもたちの元気な声が聞こえてきました。子ども向けの消費者学習の集大成、イベント型としては初めての試みである「夏休み子ども商店街」が実施されました。

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開始時刻の11時には、生活文化センターのロビーは、家族連れで大にぎわい。商店街には、おにぎり屋さん、ジュース屋さん、お菓子屋さんなど、たくさんのお店が出されましoshigotohyou.jpgた。

スタッフとして働いた子どもは、給料(商店街で使える金券)がもらえる仕組み。「おしごとひょう」の前では、あれもこれもやってみたいと迷う子どもの姿も。

 

最初は大きな声を出すのをためらっていた子も、コープサークルのメンバーのサポートもあり、しっかり声が出せるように。「パン屋さんの帽子」は、コープサークルの人たちの手づくりなんだとか。

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夏休みの楽しい思い出にしてほしいと、準備も念入りにされたようです。パン屋さんで働いた小学生は、「メロンパンがよく売れて楽しかった。もらった金券でわらびもちを買います」と話していました。
来場した子どもたちには、「ひょうごくらしの親子塾特製おこづかい帳」をプレゼント。これで、日々の金銭管理もバッチリ!?

第3地区ライター 石川 京子

投稿者:kouhou
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